『ひとに優しいことと人間が大きいこと』

河島 正

「あの人は優しい」 ということと、「あいつは人間が大きい」ということと別のカテゴリーのように思う。しかし、よく考えてみると、その奥になにか通底するものがある。
人間がカリカリしている、あいつは怒りっぽい、人に嫌われやすいひとだと言われる人はつまり、余裕のない、つまり器量の小さい人なのだ。大きいひとは何となく茫洋としたところがあって、自信がある。だから些事に拘泥しないし,余裕がある。
私は、幸運に昭和17年の春、熊本の(旧制)五高文科に入学した。その頃、寮やボート部で「大きい人間になれ」と言われたものだ。しかし、まだ中学生気分が残っている私には、良くその真実がわからなかった。わからないまま、兵隊に行き大学をへて実社会に入った。
いま、85歳を過ぎる年になって、ようやくその全貌を知る。(なんと遅いやつだ)というお叱りに甘んじなければならない。人生行路を「山あり谷あり」などと軽く形容するが、運勢というものも馬鹿にできないものだ。私の子供を見ても56歳でかなり余裕のある男と、三男だけれど50歳でまだカリカリしている人間の違いを見て天性とか運命の差を感じざるを得ません。
人生は,一生勉強です。「鉄は赤いうちに打て」は古今の名句ですが、今ははやらない。現代という時代は、ローマの末期のように食欲を満足させるためにあらゆる美味を競い、快適な環境、楽しい旅行、つまり衣食住という物質的条件を競って宣伝することに熱中しているみたいに思われる。昔、小学校の校庭にあった二宮金治郎さんの、薪を背をって本を手に持つ銅像はいまも健在なのでしょうか?
僕は80歳を過ぎてから、何か人様のためになることをしたくなった。それは、四国巡礼をして、先達の和尚さんから、いろいろ教えられたことも背景にあるでしょう。その和尚さんは言う、「病気になったら『有り難う』を三千回言いなさい。それをまじめに実行して医者が驚くほど三ヶ月も早く退院した例がある」と。
僕は毎朝、仏壇供養の後、マンションの玄関から外出する。三階の北廊下に出て目の前の公園の緑と青空を仰ぐと思わず大きな呼吸とともに、生のありがたさに感動して「有り難う!」と言いたくなる。僕は勝手に有り難う、を言いたいために公園に行くようなものだ。たいした長さの散歩ではない、勝手に(遙拝所)と名付けた場所へ行って太陽と東西南北を拝む。お天気と全く関係ない、雲に隠れておろうと雨で見えなかろうと、その方角の雲の上に間違いなく存在するお日様に両手を合わせて拝礼する。太陽の次は東、北、西、南と体をまわす。言う言葉は「有り難うございます」だけだ。前はいろいろ理屈をつけて西の神様には西方唐土からよく文字を伝えてくださいました、おかげで11世紀の源氏物語を読めるのですとか、南の神さまには黒潮の載せてよくも穀物の種を送ってくださいましたとかお礼を言っておりましたが、今は感謝の辞だけだ。「有り難う」の言葉はすごい。これを何回も口にして不快になることは一回もない。こんなすごい、ありがたい言葉はない、と思っています。 人様のためになることは沢山ある。だけれど、自分一人では出来ないこともある。例えばこのマンションの管理や経営改善はシステムから変えなければならないが、それが今の若い人には「やりたくない」ことらしい。今まで通りの慣習を続けるのがもっとも無難で楽な方法…と理解している。世代間の断絶のようなものを感じざるを得ない。
この年になってすこうし、賢くなった。第一、何事がおこっても腹が立たなくなった、腹が立たないということが、精神衛生にいかにプラスするかということもわかった。30年前、40年前の会社のことで非常に立腹していたことも、要は己れの一人芝居で、なんと未熟な人間だったか、と忸怩たる思いです。
大きな人間になると言うことは、周囲や他のひとの立場に配慮する優しい男になる、ということです。自分よりも周りに優しい視線を投げることの出来る余裕のある人柄になることです。礼儀だとか努力だとか小才を巡らすとか、そんな知恵はあってもなくもがな、のどうでもいいこと。まわりの、多くの感謝すべき存在に気がつくことですね。