『木口古兵は死んでもラッパを放しませんでした』

河島 正

これは僕が小学生の二年生のとき習った「修身」の教科書に載っていた言葉です。今の戦後生まれが七七%以上になった時代の皆さんには、殆ど(訳のわからぬ)言葉だろうと思います。
「ああ」、と僕は思う。なんと時代推移の激列なことよ。戦前(昭和二〇年以前)の人々なら、すぐ(ピンとわかる言葉)だのに…。
この短い言葉の中に戦前の一般国民の平均的な思想、つまり皇国観とか、天皇観とかのすべてが凝縮しているように思います。
「お前たちは、天皇陛下の赤子であるぞ。我が軍隊は陛下の軍隊であり、この尊い使命を果たすために、粉骨砕身、努力しなければならない。上官の命令は陛下の命令と思え!…」
この絶対的な義務感と使命感は、新兵として入営したその日から、青年たちの耳にタコができるぐらい教え込まれました。それは純朴な地方出身の二〇歳の若者にとっては強烈な緊張を伴うものでした。
「目標貫徹」「死して後やまん」という激しい思想は、当時の貧しい経済環境のなかで上昇志向せざるを得ぬ若者にとっても、共通のスローガンとなり志望校への鞭撻手段ともなったのです。
戦後、時代は一変し、アメリカ式自由平等、「教員は労働者」の思想のもと全体より個、義務より個人の自由と権利が優先という思想が大衆を指導しました。過去は歴史の中に埋もれ、善きものも悪しきものも一つにしてゴミ箱に捨てられました。今の人は何を前進と向上の指針としているのでしょうか?
人は神ではない、しかし類人猿の子孫でもない。直立二足歩行、頭骨は背骨真上に立つ人類です。(類人猿の頭骨は背骨の前にあり、足は手と同じ作業をするために親指が開く。長途の二足直立歩行に不適)
僕は人として、自分の尊厳性をもっと自覚し、反省すべき機会、学ぶべき目標、考えるべきテーマを常に求める気持ちを持ち続けたいものだと思います。生きている限り、同じ仲間同士で交わる限り、積極的な姿勢でよりよいものを周りから求める旅を続けようではありませんか。
註:
「第一期 尋常小学修身書 第二学年児童用24」として下記のように記載
勇気(徳目)
木口古兵が、敵の近くで、少しも恐れず、3度まで、勇ましく、進軍のラッパを吹きました。
そのため、我が軍は、進んで、敵を打ち破ることが出来ましたが、古兵は、弾に当たって、倒れました。
後で見たら、古兵は、ラッパを口に当てたままで、死んでいました。